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Updated 2022.08.17

《 ビンテージショップ Matin マタン 》代表 | 浜田 孝司 (はまだ こうじ)


アメリカに恋して - 魚津発、業界が認めるビンテージショップへ -


#大人のビンテージ #古着 #アンティーク #モンタナジーンズ

アメリカに恋して – 魚津発、業界が認めるビンテージショップへ –

Profile|Kouji Hamada

アメリカに魅せられて高校卒業後に単身渡米。日本とのスケールの違いに衝撃を受け、20代で古着店をオープンした。お店は当時、古着の流行とともにおしゃれ男子に人気を博し、魚津駅そばの “マジックナンバー” をはじめ、富山や金沢で最大3店舗を経営。15年前、子どもの誕生とともにそれまで倉庫として使っていた現在の店舗へ移転。古着の他に大型のアンティーク家具なども取り扱うビンテージショップ “マタン” として、実店舗に加えてネット販売も展開している。

ミラージュランドの近く、富山魚津線沿いにあるビンテージショップ・マタン。店舗は一見すると倉庫のような外観で、横を通る際に気になった人も多いだろう。元々船の整備庫だった建物を改装し、2007年にオープンしたお店だ。

知る人ぞ知る店、アメリカン・ビンテージショップ “Matin(マタン)”

店内には主にアメリカのアンティーク家具や生活雑貨、ビンテージウェア、キャンプギア(道具)、ガーデニング用品などが並ぶ。他ではなかなか見ることのできないマニアックな品や、センスと工夫次第で様々な使い方ができそうな面白い什器もある。
ビンテージとは、製造後30〜99年経過しているもの。100年以上経過しているものはアンティークと呼ばれる。マタンで扱うビンテージウェアは1950年代以前のものが多い。また、家具はミッドセンチュリー(1950年代を中心に1940~1960年代にデザインされたもの)より古いものを好んで輸入している。
これらの商品はすべて、店主の浜田孝司さんがアメリカに渡り、直接買い付けたものだ。コロナ禍前は、年に3回ほど渡米し、毎回ひと月ほど滞在してはアメリカ全土を巡っていた。

「ニューヨーク、カリフォルニア、中西部、ケンタッキー州、南西部のアリゾナ、ネバダ…。いろんなところへ行きました。でも、どこかのタイミングからオレゴン州によく行くようになったんですよ。」

浜田さんは、アメリカで買い付けた家具をオレゴン州にある運送会社の倉庫に預け、一定量になるとコンテナでまとめて日本へ輸入している。1990年代後半の古着ブームの最盛期には、洋服だけでも1回に約1トン(段ボール40箱程度)送っていたと言う。

浜田さんが身に着けている洋服も、マタンで扱っている商品の1つ。20年以上にわたり日本とアメリカを股にかける浜田さんは、現代日本と古き良きアメリカの雰囲気を融合させた独特の空間をマタンに作り出している。

アメリカへの憧憬、そして単身渡米

そもそも、浜田さんはなぜアメリカに魅せられたのか? 話は20代の頃に遡る。

「元々アメリカが好きで、アメリカで働きたいという想いがあったんです。高校を卒業してから車のプロショップで5年働いていた時も、職場の先輩に影響されてアメ車に乗っていたし、当時アメリカの青春映画『スタンド・バイ・ミー』の雰囲気も好きで…、あの舞台がオレゴン州だったんですよね。」

アメリカ映画やロカビリーが流行った1980~1990年代は、日本人の心にアメリカへの漠然とした憧れが生まれた時代。そういったカルチャーに子どもの頃から触れていた浜田さんは、アメリカへの想いを持ち続けたまま大人になった。

「もっと挑戦してみたいと考え、仕事を辞めて22歳の時にアメリカへ行きました。今だと色々考えちゃって怖くてできないけど、その時の勇気が今につながっていると実感します。
アメリカで僕が見たものは鮮烈でした。まずスケールが大きい。生活の中でもみんなダイナミックさやフランクさがあり、自分の小ささが客観的に分かりました。中国人、台湾人、ベトナム人…、いろんな人がいる社会の中で、みんな一緒に教育しているのはパワフルですよね。日本はマネできないですよ。
良くも悪くも、生活感や価値観、固定観念、人と人との繋がりが日本とは全然違って、そういうものにすごく魅了されました。」

インターネットのない時代に、身よりも無いまま一人で渡米した浜田さん。ビザなしで滞在可能な2か月半を過ごして帰国し、また渡米。その帰国後も、アメリカに関わる仕事をしたい・当時の自分を脱却したいという想いがあり、2~3年もがいていた時期がある。
そこから脱したきっかけは、ある時、アメリカでの古着販売の相場が案外安いことに気付いたことだ。「これは商売になるんじゃないか」と、古着の輸入販売を始めることを決めた。

船倉庫を改築した天井の高い店内は、ゆっくりと時を過ごしたモノたちが持つ特有の重厚な空気に満ちている。

古着店オープン後に到来したビンテージブーム

浜田さんは、仕事をしながら25歳で古着屋 “チャーリーズ” をオープン。電鉄魚津駅の食堂のおばちゃんが貸してくれた、2~3坪の小さな店舗だった。

「自分の仕事が終わった後に18時から22時までやっていました。商売って案外そういう時は楽しくて、全然苦ではなかったです。当時、買い付けに行ったアメリカで、何も分からずただ古い服を買っていると『お前は何だ? 廃品業者か?』って言われたこともあったんですけど、ビンテージ市場の広がりとともに徐々に認知されてきました。」

そうして二足の草鞋を続けていた浜田さんだが、27歳で転機を迎える。
1990年代後半に日本でビンテージブームが起こったのだ。アイドルや俳優、お笑い芸人が身に着けるようになったことで古着の人気が高まり、日本の古着需要を知ったアメリカでも価値が上がっていった。
市場の広がりをいち早く察知した浜田さんは、勤め先を辞め、魚津駅前にお店をオープンした。それが、マタンの前身となる店舗 “マジックナンバー” だ。当時、地元のおしゃれな男子はみんなマジックナンバーに通っていた、という逸話もある。

「あの頃、『お金はないけどおしゃれしたい』っていう若い子が選択するのが古着だったんですよ。今は大手量販店とか安いところも多いですが、当時はこういうお店しかなかったという時代的背景もあったと思います。狙ったわけではなかったので、時代が良かったと感謝ですね。」

浜田さんは27歳で結婚し、奥さんと共に経営を続けてきた。

オトナの雰囲気を持ち合わせながら、人好きする笑顔がすごくチャーミングな浜田さん。人柄の良さが溢れている。

魚津発・全国で購買されるマタンの商品

平成の古着ブームも落ち着いた2007年、子どもの誕生を機に、現在の場所に店舗を移転。店名を “マタン” とし、それまでのビンテージウェアに加え、生活雑貨やアンティーク家具なども扱うようになった。

「世の中の流れや同業の先輩からのアドバイスを参考にして、2012年からインターネット販売も始めました。今では雑貨や家具などのアンティークは、ほとんどがインターネットで日本全国に購入されています。この世界も奥が深いので、年代を重ねたものを好きな人がWebから買ってくれている感じですね。」

今では東京の大手ブランドショップが家具を店舗什器として使用しているほか、ビンテージウェアは海外からもオーダーが来るようになった。

今や上質なビンテージ・ファッションは海外からの需要が高い。常に浜田さんの持ち前の嗅覚で時流の波に柔軟に対応している

「日本のカルチャーってすごいんです。韓国、中国、台湾、香港の人は日本のファッションや流行に憧れて、ネット通販でオーダーが来ます。洋服も本当にニッチな(特定の嗜好者に好まれる)ビンテージで、結構高価なものがメインです。そういう商品が違う国で売れるとなると、面白いですよね。」

日本全国、海外にもお客さんの多い浜田さんだが、生まれ育った魚津での店舗経営にこだわりがある。

「もちろん昔からのお客さんがいますし、魚津でずっとやっていることも自分のプライドです。」

インターネットの市場は次第に活発化し、コロナ禍で決定的となった。感染防止のために人との接触を避け、リアルな店舗での買い物より通信販売を求める人が増えたためだ。
マタンも例外ではなく、ネット販売が好調になった。

大戦モデルを完全復刻! “モンタナジーンズ” 発売

世間がコロナ禍での過ごし方にも馴染んできた2021年12月、マタンからオリジナルの “モンタナジーンズ” が発売された。ビンテージデニムを復刻制作したジーンズとあって、日本各地のビンテージファンの間で話題になり、こぞって買い求める現象が起きた。

「たまたま、古いジーンズをコロナ禍で買い付けることができたんですよ。アメリカの知人から『モンタナ州で、第二次世界大戦の頃の古いデニムが上下1セット見つかった。買わないか?』と連絡があって。第二次世界大戦モデルは希少なので約100万円とすごく高かったんですけど、古着屋にはビンテージファンに “お正月の特別商品” を売る慣例があるので、目玉商品にしようと思って買い付けました。そしてデニム業界で有名な方から『このデニムの復刻版を作りませんか。僕も協力できます』と言われ、オリジナルジーンズを制作することにしたんです。」

コロナ前は、1年のうち2か月以上はアメリカでの買い付けを行っていた浜田さん。コロナ禍に渡米できなくなったことで生まれた時間を利用し、新たな挑戦に充てたのが “モンタナジーンズ” の制作・販売だ。
制作にあたっては、希少なジーンズの縫製はもちろん、素材を含めた細部まで研究・分析した。

マタン発のモンタナジーンズは、全パーツを採寸し、打ち損じやズレ、縫製ミスなど細かい部分もすべて再現。

「デニムの制作を依頼したのは、この業界での経験が長い、横浜の方。『ビンテージもののジャケットをこんなに詳しく調べて作ったのは初めてで、僕も勉強になりました』って言われるくらい、インターネットで調べ、当時戦時中だからこう作ったんじゃないかと、一緒に考えました。オリジナルデニムの制作を販売店からスタートするのはあまり例を見ないので、1つ新しい価値ができたと自負しています。」

こうして、約1年をかけて制作したモンタナジーンズ。制作の過程を少しずつSNSで発信することで、お客さんの期待とわくわく感を受けながら作り上げていった。
そして完成したモンタナジーンズは、男性向けファッション・カルチャー雑誌『GQ JAPAN』2022年1月&2月合併号に1ページを使って大きく掲載された。それもあって大変な人気を集め、深夜0時スタートの予約販売のところ100本が約30分で完売。上下2つで8万円と高価な商品だが、買えずに悔しい思いをした人も多い。

「あのスピードで売れた衝撃は脳裏に焼きつきました。予想していなかったので僕も本当にびっくりして。こういう世の中で、それだけ高額なものが売れるのはなかなかないことじゃないかと。それも時世が良かったと思います。すごくいい出来になったので、お客さんから『カッコイイよね』って思ってもらえれば成功です。
今回のモンタナジーンズを、アメリカ人も買ってくれています。逆輸入ですよ(笑)。それに、サンフランシスコで古着屋をやっているアメリカ人の友達が、僕のモンタナジーンズを販売すると言ってくれています。リーバイスの本拠地・サンフランシスコで売るのは面白いですし、嬉しいです。」

羊皮のパッチや特注の鉄ボタンなどに分析に基づくエイジング加工を施すなど、細部まで拘りぬいた「復刻版」が完成した。

オレゴンから愛 ’22

浜田さんはアメリカへ初めて渡航した日から今日まで、人脈を大切にし、誠実な商売をしてきた。そんな人との繋がりやアメリカへの想いが、マタンの形を作ってきたのだ。

「今考えると、出会う人とかタイミングが良かったのかもしれないです。人脈を作ろうと戦略的に仲良くなったことは全然ないんですけど、知人の紹介や気がつけば仲良くなっていた…というのが多いですね。人の繋がりって、その人の “様(ありさま)” が表れているのかもしれないですね。
僕はアメリカに触れて、コミュニケーションが大切なことや人を笑わせることを自然と学びました。アメリカ人はみんなジョークがうまいので。」

浜田さんがアメリカでの拠点を置くオレゴン州は、富山県の友好提携都市でもある。浜田さんとオレゴン州の繋がりは県も知るところで、2016年の友好提携都市25周年レセプションへの招待も受けた(2021年の30周年はコロナ禍のためリモートで開催)。オレゴン州は親日家が多く、気候や自然の豊かさ、ライトレールが走る街の雰囲気など、富山県との共通点も多い。

「アメリカのことを好きになり、知るにつれて、オレゴン州と富山県の繋がりを深めるために行動したい想いが強くなりました。大それていますが、富山県がオレゴンともっと繋がる橋渡しができれば、僕の人生は “ 良かった ” と言えると思います。
せっかく地元で商売しているので、富山や魚津の人たちの役に立ちたいという想いが強いです。自分の仕事と並行していつも考えています。」

アメリカを愛し、20年以上渡航し続ける浜田さんは、やはりパワフルだ。20代で憧れたアメリカへの無邪気な想いと勇気が、今も根っこにある。
小さな古着店から出発して、今やビンテージ業界では知る人ぞ知る “富山の名店” と言われるまでになったマタン。かつての浜田さんがアメリカに憧れを抱いたように、ここを訪れた人はマタンに魅せられ、アメリカ・オレゴン州に想いを馳せるだろう。

Concept of Matan

こだわりのモンタナ・ジーンズ

大戦モデルのジーンズには、通常はありえないズレやミスが多い。それは当時、戦地へ行った職人に代わり、腕が未熟な人たちが縫製に携わったためだ。それが時を越えて現在、価値に変わったのだそう。 浜田さんたち制作チームは、型紙を起こし、縫製順序までトレース。糸も研究してデニム地から作った。発見されたアメリカの納屋の環境を分析し、エイジング加工で細かいパーツの経年劣化までも表現。こうした約80年分の物語の内包が、さらに魅力を増幅しているのだろう。

ビンテージ・ショップ Matin

県道沿いにある店舗は何となく敷居が高い印象。それを伝えると、「ほんとそうですよね!入りずらいっすよね!でも別に高いつもりないので、ぜひ!」とのこと。浜田さんの積年のアメリカへの「愛」が溢れる店内は、かなりマニアックなモノも多い。都会で店舗を構えることをせず、この先も魚津が拠点。「まあ、魚津でも、こういう尖ったことをしてる人もいるんだなって伝われば(笑)」 自身の「好き」をひたすら楽しんでるオトナは、どこか余裕があってカッコイイ。

STOLOW(ストロー)

浜田さんのショップ展開には、仕事でも良きパートナーである奥さんの存在が大きい。2人は⼀時期、⾦沢市や富⼭市にも出店、3店舗を経営していた。2010年まで奥さんは富山市内で姉妹店「STLOW(ストロー)」を担当していたが、その後マタンに統合。レディスのビンテージファッションや、日常が豊かでオシャレになるような国内外の小物や雑貨など、女性ならではのセレクトや細やかな気配りが、店舗のファン層を広げている。ご主人同様、買い付けに渡米することも。

Matinへ行きたい!
スポット情報
ヴィンテージ初心者にもやさしくアドバイスしてくださいます! 
Matinへ行きたい!
マタンでは、メンズ、レディースヴィンテージウエア、ドメスティックブランド、アンティーク家具や古いガーデニング雑貨、店舗什器などを扱っている。中でもU.Sネイビーのミリタリーものなどは根強い人気があり、レアな商品を求めて足を運ぶ価値がある。また、異国の香りが漂う食器やカトラリー、映画に出てきそうな雑貨や家具など、見ているだけで幸福度が上がる。もしかしたら、一生モノになるような商品との出会いがあるかも? 海外へ行きにくい今、Matinでちょっとだけ海の向こうを感じてみてはいかが? 店舗まで行けない方はぜひオンラインショップで!

Matin(マタン) 代表 浜田 孝司(はまだ こうじ)

場所 富山県魚津市上口1丁目4-21
TEL/FAX TEL 0765.22.9221
about 【実店舗営業案内】
11:00-19:00、定休日:火曜日
渡米(買い付け)のためお休みが不定休となる場合あり。最新の情報はSNSなどでご確認ください。

【オンラインショップ】
https://vintage.matin.jp 
楽天ショップ:
https://www.rakuten.ne.jp/gold/matin/ 
Web/SNS https://matin.jp

https://www.instagram.com/matin.jp/

浜田さんの「大好きなアメリカと関わる仕事がしたい」と商売を始められた歴史を聞き、想いは何よりも強いのだと感じました。2016年と2017年にはオレゴン州のポートランドをテーマにしたフェアを開催して好評を博したほか、2017年の魚津三太郎塾では子ども達が英語教育や国際コミュニケーションを学ぶ場を提案し、世界に羽ばたく人材に育てる構想を発表されていました。 自分の夢(したいこと)を実現し、そこからさらなる発展を常に考えている浜田さん。周りの子ども達にとって「自分も頑張れば実現できるかも」と夢を後押ししてくれ、大人にとっても「夢のその先にあるものを考えたい」と思わせてくれる心強い存在になるのではないでしょうか。 マタンのweb shopで購入すると、商品に「マタンジャーナル」が同封されます。そこに書かれているスタッフの日常からは、マタンがSNSよりさらに身近に感じられます。

取材・ライター 古野 知晴 (VoiceFull代表、キャスター)
撮影      鬼塚 仁奈(tete studio works)
取材日     2022.02

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