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僧ヶ岳の雪絵(雪形)
季節を告げる風物詩

その他の写真

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おすすめ月
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
おすすめ時間帯
AM(時)
0時1時2時3時4時5時6時7時8時9時10時11時
PM(時)
12時13時14時15時16時17時18時19時20時21時22時23時
おすすめ指数
ファミリー ★★★★★
カップル ★★★★★
熟年 ★★★★★
体験 ★★★★★
自然 ★★★★★
※疲労度 ★★★★★
滞在時間
短時間向き 長時間向き
どちらでもOK

由来・概要

僧ヶ岳の雪形(雪絵)は、季節を告げる風物詩として魚津市民にも親しまれ、かつては農耕や川の水量の目安とされていました。雪形として全国的にも評価されています。

雪形、雪絵とは、山肌の残雪やそこから覗く岩肌などの形を、人物や動物などの形に例え名前がつけられたものです。
雪形の名前が山の名前の由来となったものも少なくありません。魚津市民に親しまれる僧ヶ岳も残雪で縁取られた山肌が「尺八を吹き、馬を引く僧の姿」が現れることからその名がつきました。かつては「僧馬岳」という名も使われていました。また、僧ヶ岳の雪形は進行過程により、初期・中期・完成期・末期と変化が見られ、その過程によって僧や馬の他に、山肌で縁取られた「白い兎」、残雪と山肌が混交した「鶏」などもみられます。初期には、「僧」の後ろに「大入道(虚無僧)」と「猫」の雪形が現れるが、やがて「大入道」と「猫」が融合して「馬」になります。このように、僧ヶ岳の雪形は刻々と変化します。

参考文献等
新川広域圏 水博物館構想推進室 HP
僧ヶ岳雪絵について 日本海学講座2000年5月13日富山県民会館
1、富山の雪形とその伝承 講師:長井真隆(前富山大学教授)

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特長・独自性

■僧ヶ岳の雪形は、全国的にも評価されていますが、その理由として、次のような点があげられます。
1.三つ雪形の基本が揃っている。(残雪の雪形、山肌の雪形、残雪と山肌の混合)
2.雪形の種類が豊富である。(兎、僧、虚無僧、猫、馬、猪)
3.雪形が刻々と変化する。(三つのタイプ)
 ・単独で変化する。(僧の上と下が離れているのがつながる。)
 ・複合する。(僧が袋を担いでやがて馬を引く)
 ・融合する。(大入道と猫がくっついて馬になる)
4.雪形の変化を農耕などの目安にする。
5.水系で雪形の名前が異なる。
(馬の素地という見方、虚無僧と猫に分けて見る見方などがある)
6.水系(布施川流域、片貝川流域)で目安が異なる。(農作業の目安、灌漑用水の目安、水遊びの目安など)
7.雪形には物語がある。

基本情報

所在地
TEL/FAX −/−
施設・設備
撮影スポット
ガイドマークの説明

非表示情報

権利情報
参考文献 新川広域圏 水博物館構想推進室 HP
僧ヶ岳雪絵について 日本海学講座2000年5月13日富山県民会館
1、富山の雪形とその伝承 講師:長井真隆(前富山大学教授)
記録・ランク
調査対象者
取材元
調査日 2012年1月24日
調査担当者 梶谷 由樹
その他特記事項 ■前富山大学教授長井真隆氏が昭和37年に黒部と魚津のお年寄りを訪ねて聞いた僧ヶ岳の雪形の伝承4月初中旬、「僧」になる雪形が上下に途切れている間は遅霜の恐れがあるので、スイカ、ナス、キュウリなどの定植をしてはならない。4月下旬~5月上旬、中期の雪形、「白い兎」「猪」「大入道」「猫」が現れる。「僧」の顔が見えてくるとそろそろ田植えを始める時期だ。6月、完成期の雪形、「尺八を吹き馬をひく僧」「鶏」も出てくる。「鶏の尾」がでると、スイカに二番肥をやる時期だと判断した。また、僧ヶ岳の僧が袋をかつぐ姿に変わると地元の人は、「僧ヶ岳の坊様、袋をかついで麦もらいにござった。」という。袋が急に大きくなると、今年は米も麦も大豊作だという。袋が大きくなるのは雪解けが進み、水がぬるんで稲の根の活着を促すということだろうか。そして、7月中旬、雪形晩期、僧の姿が消えると、布施川水系の人々は、「坊様おらんようになったから川の水もぬるなったし川遊びをしてもいいよ」と、川遊びを解禁した。魚津のお年寄りは、「坊様が馬を引いて魚津の町を歩かれた。するとものすごい風が吹いてきて、坊様と馬が僧ヶ岳にたたきつけられて貼り付けられた。雪が解けだすと、坊様と馬が顔出すがや。」と、力を込めて話された。魚津の高台にあたる地区や布施川水系の人たちは、農耕の目安としてよりも水量の目安として雪形をみた。「猫」が「大入道」の肩に手を掛ける時期が5月31日よりも早かったら今年は干ばつになる恐れがあるとした。集水域の狭い川の流域(片貝川など)では水不足に悩み、雪形を水量の目安にした。水の豊富な黒部川水域では、農耕の目安にした。文化というのは、このように、その地域に根ざしたものである。雪形がそれを物語っている。毛勝三山から流れる片貝川の南又谷に蛇のような模様の入った石がある。近くに、蛇石神社があり、昔から雨乞いの神事が行われてきた。また、水不足になると地元の人たちが鍬を担いでいって毛勝谷などの雪渓を崩したという。それほど水不足に苦しんでいた。毛勝山の名前は毛勝谷から来ているが、毛勝の由来には様々な説があるが、飢渇(転化して毛勝になった)即ち凶作の意味である。人々は毛勝大雪渓の残雪のようすで、その年の豊凶を占ったのではないかと思われる。

まめ知識

【仏ヶ嶽】
僧ヶ岳は山岳仏教の聖地として開山され、昔は『仏ヶ嶽』とも呼ばれていたそう。僧の姿が見られるのも縁でしょうか!?
【伝説】
伝説では『馬を引いて魚津の町を歩いていたお坊さんがものすごい風で吹き飛ばされ、馬と一緒に僧ヶ岳にたたきつけられて貼りつけられた。』という話もあります
【水量の目安】
市内を流れる片貝川はかつて水不足に悩んでいて、雪形を水量の目安にしていました。「猫」が「大入道」の肩に手を掛ける時期が5月31日よりも早かったら干ばつになる恐れがあるとされたそうです

関連情報