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坪野城跡
松倉城を取り囲む支城群の一つ

その他の写真

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おすすめ月
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おすすめ時間帯
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PM(時)
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おすすめ指数
ファミリー ★★★★★
カップル ★★★★★
熟年 ★★★★★
体験 ★★★★★
自然 ★★★★★
※疲労度 ★★★★★
滞在時間
短時間向き 長時間向き
どちらでもOK

由来・概要

坪野城跡は、旧坪野鉱泉裏山の山頂部(標高460m)に築かれており、位置的に松倉城を取り囲む支城群の一つと考えられています。当時、松倉から片貝谷に通じる山街道があり、この押えとすることも、築城の目的の一つであったと思われています。
山頂部には約40m四方の平垣部が設けられ、その両側に一段低い削平地がみられます。
山頂から三方へ伸びる尾根上に、それぞれ堀切が2~3ヶ所設けられ、山頂への通路を遮断しています。
坪野城は、史料にはその名が登場しませんが、江戸時代の文献によれば、椎名氏又は上杉氏の家臣が在城したとも伝えられています。
坪野城の周辺には、上杉謙信に関する伝説が多くみられます。例えば、謙信が松倉城を攻めたときの馬の蹄石、松倉城を遥かに望んで謙信が笠をぬいだという笠取山、馬揃えをしたという百間馬場、あるいは馬の訓練を行ったという馬の牧などがあります。
大菅沼の古老によると、百聞馬場に炊飯竈の跡がたくさんありました。このかまどは石を円形に並べたもので、昭和の始め城址に送電鉄塔を建てる時に取り壊され、鉄塔の礎石に使われ、現在はわずかに石が転がっているだけで山林になっています。

さらに詳しい情報があります。ご覧になる方はココをクリックして下さい。
 

特長・独自性

坪野城は、松倉城の支城群で東の端に位置する天神山城の中間にあり、3.5㎞圏内にあります。
ここには馬乗石があって、上杉謙信がこの上に立って軍勢の勢揃いをしたのだと言われています。この馬乗石は、今は村社にあります。大菅沼村社に平らで四角の石が現存します。
また、松倉城が落城したのは、坪野の老婆が城の水の手を密告した為であるという伝説もあります。

基本情報

所在地 魚津市坪野
TEL/FAX −/−
開催時期・時間
交通アクセス情報あいの風とやま鉄道魚津駅より 35分
新川広域農道の湯上の交差点で、県道136号線に入る北山鉱泉方面に向かいます。4km
先が北山鉱泉で、さらに1km先が坪野集落です。
市民バス坪野ルート(日・祝日運休)
坪野
文化財指定など市の史跡
施設・設備
体験できる
ガイドマークの説明

非表示情報

権利情報
参考文献 魚津の文化財(平成23年3月魚津市教育委員会改訂)
記録・ランク
調査対象者
取材元
調査日
調査担当者 高縁美智子 (中島)
その他特記事項 魚津市の史跡である坪野城址跡の裏にある旧坪野鉱泉は、現在は廃墟になっており、心霊スポットとして知られています。

まめ知識

【松倉城の支城】
坪野城は、松倉城の支城群で東の端に位置する天神山城の中間にあり、3.5km圏内にあります
【送電鉄塔】
坪野集落の東方にあり、送電鉄塔が立っています
【つなぎがや】
坪野のつなぎがやは県の天然記念物で、樹高約15mのカヤ(イチイ科)の木で樹齢約400年、枝葉が表裏が反転し繋いだように見えることから「つなぎがや」と呼ばれています

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